手が震えていた。

4月13日、中村一義のベストアルバム「最高宝」とコンプリート BOX SET「魂の箱」の発売を記念して、タワーレコード新宿店でCD購入者にサイン色紙を手渡しするイベントが行われた。


1997年に「犬と猫」をリリースすると音楽誌に「天才!」と賞賛された中村一義は、デビューから数えて今年で15周年を迎える。
コンセプトサイト「KIKA:GAKU」誕生や、インタビュー本『魂の本』(2,940円/太田出版)、会社のスタッフとしてオフィシャルスチールの撮影やデザイン面にかかわるなど、公私ともに支えてきた妻との対談をまとめた『中村語録3』(2,625円/公式サイトのみで販売)の発売。約2年スパンでのアルバム発売やライブ活動以外に主立った活動を見ることができなかったファンからすると、昨年から今年にかけての動きは、「中村一義祭か!」というくらいに嬉しい。

かつてライブをやらなかったことで有名だったのに、バンド・100sで活動するようになって、ようやくライブがみられることになっただけでも大きなことだったのに、直接サイン色紙がもらえるなんて! 2002年の全国ツアー「博愛博」に行けなかったことをいまだに悔やんでいる身としては、「行かないとダメだ!」という思いにかられて新宿へと向かった。

午前中に入手した参加券を手に、イベント開始の14時5分前に会場の7階フロアに着いた。平日の昼間だというのに、階段にはすでに行列ができていて、10階を過ぎたところでようやく最後尾を発見。
待ち時間はたっぷりありそうだが、緊張して携帯を見ることすらできない。周りの人たちも同じ気持ちなのか、ただなにもせず静かに待っていた。1時間ほど経って、ようやく7階までたどりつく。フロアには「主題歌」が流れていた。
10人ずつフロアの奥へと通される。スクリーンのあるイベントスペースに、サラサラヘアの男性がすわっているのが見えた。

中村くんだ! いつものTシャツ&ジーパンではなく、ダークブラウンのジャケットという少しフォーマルな服装をした中村一義は、にこにこと笑いながら、ひとりひとりの話を丁寧に聞き、握手をしている。ひとり、またひとり。いよいよわたしの番だ。

「あの、わたし、ライターをしているんです。まだまだこれからではありますが、いつか中村さんのインタビューをするのが目標です」

「じゃあ、長生きします(笑)」

握手をし、サイン色紙を受け取り、バッジを買った。
バッジ!?
KIKA:GAKUは東日本震災支援活動「The Test For Lives」を行っていて、この「The Test For Livesバッジ」は、諸経費を差し引いた収益金全額が寄付に当てられるらしい。

そういえば、KIKA:GAKUですでに買ったんだった。なんてことをぼんやり考えながら支援活動へのメッセージを書こうとするが、うまく書けない。
スタッフの人がテーブルを押さえはじめたことで、自分の手が震えていることに気づいた。

家に帰って「最高宝」を開けた。
〈死ぬまで付き合える楽曲を作ってくれてありがとうございます〉(世界のナベアツ)
〈燻りに光を射してくれて、「世界のフラワードロード」を作ってくれて、ありがとうございますです!!!!!!!!!!!!!!! 中村さんの楽曲はいつも、僕らの心の信号を青にしてくれます。〉(小出祐介 Base Ball Bear)
と、選者ひとりひとりが、ライナーノーツに中村楽曲への愛をぶつけている。
いままでの楽曲を集めただけの、単なるベストアルバムではない。なかでも作家・津村記久子の
〈その時に聴けていなくても、耳にした記憶があればその先もやっていける曲というのがあって、それがその個人を救った曲ということになると思います。〉
が、中村作品を言い当てている。そう、これ、これなんだよ!
母親に存在を否定される、小学校時代はうまい棒が夕飯だった、両親が離婚し祖父母に育てられるなどの生い立ちをかかえた彼の21年間が詰まっているのが、デビューアルバムの「金字塔」。「金字塔」で自分の部屋から出て、妻との共作「いつも二人で」や祖母を元気づけるために作った「笑顔」など、外の世界のことが描けるようになったのが、2枚目の「太陽」だ。ひとりで旅に出て、仲間を見つけ、モンスターを倒して先へ進む。
アルバムを出すごとに、中村一義は変化していくのだ。そして、中村くんが戦っているから、わたしもがんばれる。

2つのアルバムを出して、ひと区切りをつけた中村は、『bridge』4月号のインタビューで
〈次はひとりですよ〉
と、ソロ活動への意志を見せた。ああ、ついに、というかやはり、というべきか!
〈やっていける曲〉に出あってしまったファンとしては、アルバムが聴けるのを2年でも3年でも待ってますよ、中村くん!(畑菜穂子)