三国志「曹操の墓」と断定…河南の墳墓、遺骨確認・副葬品の数々も

三国志「曹操の墓」と断定…河南の墳墓、遺骨確認・副葬品の数々も
河南省政府で文化財の保護・管理を行う部署の省文物局は27日、安陽市安陽県の安豊郷西高穴村の「曹操高陵」を、三国時代に活躍した曹操(155-220年)墓と断定したと発表した。「曹操高陵」内部からは、60代男性のものとみられる遺骨も見つかった。<br><br>【関連写真】<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=1227&f=national_1227_019.shtml&pt=large">三国時代「曹操の墓」発見か、カギとなる石牌を確認-河南省</a>(2009/12/27)<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0226&f=national_0226_011.shtml&pt=large">諸葛孔明63代子孫は美女モデル、彼氏のことで母立腹</a>(2009/02/26)<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0213&f=national_0213_027.shtml&pt=large">三国志「張飛」にも不況直撃!? 重慶の街で串焼き売る</a>(2009/02/13)<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=1215&f=national_1215_003.shtml&pt=large">専門家「???…」、遺跡から「スイス製腕時計」出土-広西</a>(2008/12/15)<br>・<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0401&f=national_0401_008.shtml&pt=large">3000年前の製塩所遺跡を発掘、技術史書き換えか</a>(2008/04/01)<br>"(サーチナ&CNSPHOTO)
 27日付中国新聞社電によると、河南省政府で文化財の保護・管理を行う部署の省文物局は同日、安陽市安陽県の安豊郷西高穴村の「曹操高陵」を、三国時代に活躍した曹操(155-220年)の墓と断定したと発表した。「曹操高陵」内部からは、60代男性のものとみられる遺骨も見つかった。



 曹操の墓と伝えられている陵墓はほかにも多く、安豊郷西高穴村の“曹操”高陵を「根拠のない伝承」と疑う声も多かった。河南省文物局の陳愛蘭局長によると、墓の規模や状況などが当時の記録と合致し、内部の壁画も後漢末から魏にかけての時代のものと判断できた。

 最も有力とされた証拠は、「魏武王」との文字が刻まれた石牌が発見されたこと。記録によると、曹操は「魏公」ついで「魏王」に封じられた(地位を与えられた)。死後に贈られた諡号(しごう)は「武王」で、出土した石牌と一致する。

 なお、曹操は後に「魏の武帝」と呼ばれるようになったが、曹操を「武帝」と称するようになったのは子の曹丕が後漢の献帝からの禅譲(位を譲ること)により皇帝に即位してから。石牌にある「魏武王」は、むしろ曹操が死去した当時の史実に合致する。

 陵墓の墓室からは遺骨も見つかった。専門家の鑑定によると60代の男性。66歳で死去したとされる曹操と年齢面でも一致する。

 写真は、「曹操高陵」で発見された副葬品。めのうの装飾品などで、当時の工芸の水準と美意識を知る手掛かりになるという。...続きを読む

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