東京六大学野球春季リーグ戦最終週第2日▽早大5x―4慶大(31日・神宮)

 天皇陛下と長女の愛子さまが来場され、リーグ32年ぶりとなった天覧試合は初のサヨナラとなり、早大が慶大を下した。霜(しも)結太外野手(2年)が2戦連発となる代打弾をマーク。

4度目となった天覧試合の早慶戦において、天皇陛下の御前での本塁打は初の偉業となった。慶大は1日の3回戦で勝てば、勝ち点5の完全優勝で5季ぶり41度目の優勝。慶大が敗れると、明大の2季連続45度目の優勝が決まる。

 32年ぶりの天覧試合で、早大の「ラッキーボーイ」が主役になった。2点を追う7回1死、代打起用されたのは30日の1回戦でリーグ戦初打席初本塁打の離れ業を成し遂げた霜。1ボールから高めの直球を振り抜くと、打球は左翼席に飛び込んだ。1点差。球場の空気を一変させる一振りに、「すごすぎて何も言葉にできない」と興奮を隠せなかった。

 4回表終了後の午後2時過ぎ。天皇陛下と愛子さまが貴賓席に姿を見せると、両軍がグラウンドで一列に整列して出迎えた。そんな特別な一戦で、霜が歴史に名を刻む一発を放った。過去の天覧試合の早慶戦では94年に2本塁打が出ているが、ともに天皇陛下の来場前に打ったもの。

この日の徳丸快晴(2年)の一発も2回。陛下の御前での本塁打は霜が初となった。リーグ戦初打席初本塁打から2試合連発も、04年秋の早大・田中幸長以来22年ぶりとなり「天皇陛下の前で本塁打を打ったと親に言いたい」と胸を張った。

 9回にも見せ場を作った。無死二塁から左前安打で好機を拡大し、徳丸のサヨナラ打を呼び込んだ。天覧試合でのサヨナラ決着と言えば、1959年6月25日の巨人―阪神戦(後楽園)。長嶋茂雄のサヨナラ弾が有名だが、早慶戦では史上初の劇的な幕切れとなった。8歳だった1968年10月以来の観戦となった陛下は、関係者に「すばらしい試合でした」と声をかけた。

 慶大の優勝に待ったをかける劇的勝利で、1勝1敗のタイに持ち込んだ。運命の3回戦へ霜は「勝つしかない。100%で挑みます」。短い言葉に決意がにじんだ。

(渋谷 拓人)

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