「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

(→前回までの「オジスタグラム」
「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

今年で夏を迎えるのは37回目になるが、こんな嬉しい夏は初めてだ。
別にマリンスポーツを覚えた訳でもないし、夏祭りに行く彼女が出来た訳でもない。

ゴールデンウィーク明けから我が家の給湯器が壊れて、お湯が出ないからだ。
2ヶ月水風呂に入ってる。

業者さんを呼ぶ面倒臭さと、水風呂を天秤にかけて水風呂をとったのだ。
5月、6月の水風呂は皆様が思ってるよりずっと冷たい。
こんなに気温が上がり喜んでるのは僕と虫くらいだろう。

おじさんをナンパするおじさん


さてさて、こんな虫がお送りするオジスタグラム。今回のおじさんは、しげるさん。
全部合わせれば小さな鞄一個分くらいの収納力を誇るであろう、ポケットがいっぱい付いたベストを着こなす収納上手な56歳のおじさんである。
その姿に惹かれて、ライブの帰りに新宿の喫煙所で煙草を吸っているところをお声掛けさせて頂いた。
「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

ナンパする光景は日常の新宿だが、おじさんをナンパするおじさんは珍しかったのだろう。
喫煙所の方々が凄く怪訝な顔で見てきたが、こんなポケットがいっぱいあるおじさんを逃す訳にはいかないと勇気を出して良かった。
断られでもしたら、僕はどうゆう顔で煙草を吸ったのだろう。

僕はポケットがいっぱいあるおじさんに憧れる。

先輩方の思考は恐らくこうだ。
なるべく荷物は持ちたくない。でも煙草も一箱じゃ心配だし、ワンカップも忍ばせたい。スルメもいるな、一応印鑑も……。
「そうだ!ポケットいっぱいある服を着よう!」

そこらのグラビアアイドルなんかよりよっぽどわがままボディである。
僕はこのシンプルで少年のような発想と行動力が大好きなのだ。簡単そうに見えるがこれが大人になると意外と出来ない。
「それ釣りの服じゃね?って弄られるよなぁ」「便利だけどポケットいっぱいある服てなんかバカみたいなんだよなぁ」「これ職務質問されたら全ポケットから出さなきゃいけないの?」
我々は結局着ないを選ぶ。
おじさんは我々のそんな考えを嘲笑うかのように、いとも簡単に着るを選ぶのだ。
やはりどんな事であれ自分が出来ない事を出来る人は魅力的だ。
目の前でホッピーを飲むしげるさんの小さな体が凄く大きく見える。
「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

ポケットのどこかに


「しかし、びっくりしたよ!えー!?これ親父狩りじゃないよな?ガハハハ!」
「何で狩る前に酒飲ませるんですか!ケケケケ!」
「わかんねーぞ!酔わせてから親父狩りするかもしれねーだろ!?」
「やりませんて!」
「まぁ、逆さに振っても鼻血も出ないけどな!ガハハハハハ!」」

逆さに降ったら鼻血は出なくても、ポケットの中のもんめっちゃ出るけどな!
と言いたい気持ちを抑え、愉快な宴は進んでいく。

しげるさんはエアコンの電池が切れたので、ヤマダ電機に電池を買いに来た帰りだったらしい。

恐らくこのポケットのどこかにヤツは潜んでいるはずだ。
ヤマダ電機では商品を買うとポイントがつく。
自転車で30分かけてヤマダ電機のポイントを求めてやって来たのだ。
おじさんとポイントカードは共存しないと思っていた僕には青天の霹靂だった。
おばさんのマメさとおじさんの豪快さを兼ね備えた、ハイブリッドおじさんだ。

「いやー、今でこそよ、知り合いの配管屋で働いてるけど、仕事はほんとに色々やったよ。新聞配達、宅急便、トラックもやったし、キャッチもやったし。」
「えー!凄いですね!」
「飽き性なだけだよ!ガハハハ!」
「いやいや、凄いですよ!」
「北は仙台から南は静岡まで……」

凄いけどちょっとだけ振り幅狭くない?と思ったが、南を正直に静岡と言うのがしげるさんの愚直な性格を物語っている。僕だったらこんな初対面の若僧相手に話を盛って、沖縄もしくはフィリピンとまで言ってしまう。

ホッピーばっかり頼むから


しげるさんさんが煙草を一箱空にして、左の一番上のポケットから新しいショートホープを取り出して、右の下から二番目のポケットから取り出したマッチで火をつけた時だった。

3杯目のホッピーのナカを持ってきてくれた店員さんが僕のビールを倒してしまったのだ。
そこそこ入っていたので、一瞬にして砂肝のビール炒めと、イカのビル辛が完成する。

「すみません!本当にすみません!かかってないですか!?」
「大丈夫!大丈夫!」
「誠に申し訳ありません!」
「いーよ!いーよ!おじさんがホッピーばっかり頼むから!忙しくさせてごめんな!

痺れた。ポケットいっぱいあるおじさんは人としてのキャパもめちゃくちゃ広かったのだ。

「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

ポケットの容量と人間の器


ポケットがいっぱいあるからキャパが広くなるのか、キャパが広いからポケットいっぱいの服を着るのか。
若僧の僕にはまだわからないが、とにかくポケットの容量と人間の器は比例するのかもしれない。

店員さんが去った後、封を開けたてのショートホープがびちょびちょになってる事に気付いた
僕を見て、しげるさんがニコッと笑い、右の一番上のポケットから新品のショートホープを取り出したあの瞬間が忘れられない。
「岡野陽一のオジスタグラム」3回「ポケットがいっぱいあるしげるさん〜これ、親父狩りじゃないよな?」

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)
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