仏国際放送局ラジオ・フランス・アンテルナショナル(RFI)中国語版は29日、「日本の『前例』が、中国の製造業攻勢を止めるのは難しいということを示している」と題し、フランスの経済学者チャールズ・セルファティ氏によるオピニオン記事を紹介した。
記事は、「中国は約1.2兆ドルに及ぶ貿易黒字によって世界の工業発展を圧迫している。
その上で、「26年にG7議長国を務めるフランスは、こうした世界的な不均衡問題を主要議題の一つに据えている。学術界でもこの問題は再び議論されており、かつては時代遅れと見なされていた重商主義的な考え方、すなわち製造業輸出の拡大が本当に国の利益になるのか、また米国やフランスのような貿易赤字国は成長の潜在力を失うのかといった問いが再浮上している」と伝えた。
さらに、「この問題は、太陽光パネルや電気自動車(EV)、SHEINの繊維製品などの分野によく表れている。中国より一人当たりGDPが低い国々にとっては状況はさらに深刻で、中国の工業は彼らの発展の余地を圧迫している」と言及。「かつての『アジア四小龍』と同様に、中国の発展も大きくは輸出に依存してきた。米国や欧州、日本市場向けに製造業を発展させ、国内の工場や外国投資の助けを借りて技術力を高めてきたのである」と論じた。
記事は、「中国は経済発展に伴い、本来であれば低付加価値の製造業から徐々に離れ、太陽光パネルや半導体、人工知能(AI)などのハイテク分野へと軸足を移すべき段階にある」としつつ、「実際には『すべてを取りにいく』かのように、依然として極めて幅広い製品分野を中国製がカバーしている。もし中国が高付加価値製品に特化すれば、アジアやアフリカの国々が繊維や電子組立産業を発展させ、中国や先進国向けに輸出できる余地が生まれるが、現実はそうなっていない。ではなぜ中国はこのような政策を維持しているのか」と疑問を提起した。
その上で、「これを理解するには日本の歴史を振り返る必要がある」と説明。「日本は1950年代以降に急成長を遂げ、石油危機後には一時減速したものの、80年代にはその衝撃を相対的な優位へと転換した。当時、西側の工業はエネルギー価格の高騰に苦しみ、利益率が低迷していたが、エネルギー輸入に依存していた日本は生産方式の転換に成功した。『トヨタ生産方式』は無駄、とりわけエネルギーの無駄の排除を重視し、自動車産業から経済全体へと広がった。この規律性により、日本の産業はエネルギー効率を高めながら生産性を維持した。当時のトヨタは今日のBYDのような存在であり、ソニー、キヤノン、パナソニック、東芝、任天堂は、価格と品質の両面で競争力の高いテレビ、カメラ、ウォークマン、ゲーム機などを米国の家庭に提供していた」と説明した。
また、「80年代には『日本問題』が米国の政治議論の焦点となった。日米の二国間貿易赤字は米国の貿易赤字の3分の1を占め、日本の貿易黒字は米国赤字の3分の2に相当していた。一方の黒字は他方の赤字を意味する。当時と現在の大きな違いは、日本が米国の強固な同盟国であった点だが、それでも圧力を免れることはなかった。米国は日本の通貨が過小評価されていると批判し、特に半導体分野で企業への過度な支援があると指摘した」と振り返った。
さらに、「当時のレーガン大統領は現在の大統領よりも自由貿易を重視していたにもかかわらず、日本の半導体に対してダンピングを理由に制裁を科し、86年には不平等な合意を押し付けた。
記事は、「貿易黒字の問題は単純ではなく、各国の家計や企業、政府の貯蓄や投資など、さまざまな要因によって左右される。ただ、85年のプラザ合意と日本の貿易黒字の縮小が同時期に起きたことも事実である。さらに、円高は不動産バブルを招いた要因の一つとされ、結果として金融緩和政策を後押しした可能性がある。その後、日本は『失われた10年』と呼ばれる長期停滞に入り、『日本問題』は国際的な関心から外れた。大手電機メーカーは生き残ったものの、新たな成長企業は生まれにくくなり、少子高齢化の影響もあって経済成長は鈍化していった。これがあったからこそ、中国は為替の安定維持を選んでいる可能性がある」と分析した。(翻訳・編集/北田)











