芥川賞作品は西村賢太「苦役列車」と朝吹真理子「きことわ」だったわけですが。
タイトルを見て目を疑ったね。

「きことわ」て。あれ、なんかぼくの生活圏内にやたら近いような。
「けいおん!」「らき☆すた」「きことわ」
わあ、違和感ない!
もうこんなん言ったら失礼千万なのですが、ぼくみたいなマンガ・アニメオタクには「ひらがな4文字」は見ただけで萌えキャラ作品を連想せざるを得ないわけですよ。
まあ、さすがにそんな思い込みもよろしくないので、とりあえず急いで単行本と「文藝春秋」を読みふけりました。
うん。
かなりドリーミングですね。

これは脳内変換余裕レベルの少女ふんわり感ですよ。
というわけで早速、諸本めおとさんの協力を得て、4コマ漫画化してみました。
左と下にありますのでご覧ください。読んだ人が「あのシーンか!」とわかってもらえたらいいな。
 
時間軸は二つ。貴子小学三年生と、永遠子高校一年生が一緒にいた二十五年前の夏が一つ。
もうひとつは貴子三十三歳、永遠子四十歳の現在が一つ。この二つの時間軸が、思い出と夢に絡まりながら交錯していき、読み終わった後ほんのり不思議な後味の残る作品です。
建物や家具、自然まで含めて全部が二十五年の歳月のタイムカプセルになっていて、二人が出会うことでみるみる現実と記憶が混じり合う。読んでいてこの「はっきりとはしていない」「でもすごくぬるま湯のような心地良い言葉に飲み込まれていく」感じがえらい面白いです。

で、ですよ。この貴子と永遠子の関係が、えらい萌えるんだな。

幼い時のシーンはもう完全にキャッキャウフフですよ。「きこちゃん」「とわちゃん」とか呼ぶひらがな文字が紙の上に浮かぶだけで、その声が聞こえるかのようでキュウウンってなります。おたがいの息がかかるのがくすぐったくて、二人で吹きかけあうとかさ、車の後ろでじゃれあってどっちの裸足かわからなくなるとかさ、もうこれ確信犯的に少女同士のイチャイチャ狙ってるでしょう!?
また二人の髪の毛の描写が逐一いいんですよ。お互いの髪の毛を結いあうとか、少女的すぎです。

大人のシーン(永遠子四十歳・貴子三十三歳)の方はさすがに萌え無いだろう、と思っていたいたら、やられたね、この二人かわいすぎです。
年下の貴子が175cm、永遠子が151cmという身長差がお見事。
永遠子育ってないんです身長。それでいて永遠子にまつわる文章が非常に言葉ひとつひとつがふわふわしていて、結婚して母でありながら、まったくもって中身が少女しているんですよ。まー永遠子の夢見がちなこと。
一方貴子は不倫の末に心中を試みてやめた、という現実的すぎる過去を淡々と語ったりします。このギャップを二十五年ぶりの家を用いて、言葉でさらりと埋めるんだから、特殊な感性の作家さんです。
一番最初の行に「永遠子は夢をみる。
貴子は夢をみない。」とありますが、まさにそれを地で行く二人の関係。特に永遠子ワールドがあまりにもガーリーなので、読んでいて年齢忘れそうになります。
というかこれ四十歳の夢見がちな少女だよ。お互いの体温感じて過去に思いを馳せるとかたまらんよ。「女の子二人」をよく理解してないとこれは書けない!

あー萌えた。

読売新聞11年2月21日夕刊で、朝吹真理子の担当編集者がインタビューに答えたところによると、朝吹真理子は「卵」という時を見て背中あわせの髪の長い女の子二人に見えたそうな。
またフランス語の卵「oeuf」を見て、こんどは「oe」が女の子たちの髪の絡まる様子だと思ったとか。
うん。
真性ですね。驚きの少女脳です。
読み終わったあと、こりゃたしかに「きことわ」しかタイトルないわーと深く納得しました。

4コマやイラストにあるように、二人の仲良しな様子を夢想するだけでも相当楽しいですよ。ほんと。
余談ですが、もう一人出てくる主要人物の和雄という男性の存在感の異常な薄さが、これまた今のアニメ・マンガの少女世界における男の扱い方に酷似していて、えらい笑いました。
この「少女世界」の描写って、突き詰めたら男っていらないよね。だから「きことわ」。
(たまごまご)