『おちょやん』第21週「竹井千代と申します」

第103回〈4月28日(水)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』華丸大吉も拍手 当郎という狂言回しの登場で、千代が主役として輝ける環境が整う
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

当郎と千代の相性は抜群

「僕が来たからにはもう大丈夫や」
千代(杉咲花)が引退したと聞き、諦めきれない花車当郎(塚地武雄)は、新しいラジオドラマ『お父さんはお人好し』(NHK大阪中央放送局)に出演してほしいと訪ねて来た。

【前話レビュー】残り3週で貧困の悲劇の犠牲者・千代の悲しみをどうリカバリーするか

断る千代と説得する当郎の掛け合いは、戦時中、防空壕での即興漫才を彷彿とさせる軽妙なものだった。どんなことでもあたたかいユーモアに変えてしまう当郎相手だと千代の口調は自然と変わる。
キツイ言葉に笑いが混ざり柔らかくなる。人間、出会いが大事。千代はついに彼女を最高に活かしてくれる人に出会ったのだ。

「竹井千代さん、どうかこの僕と夫婦になってください」(正座で)

そう言われて千代は少しドキリとなるが、「ラジオドラマでの話やがな」とけろっと言い直す当郎。わざと2回繰り返し強調し、「堪忍な、がっかりさせてしもて」と言うが、そこには他者をからかう陰険さはこれっぽちもない。軽い口調でどんどん話を自分の都合のいいほうにもっていく当郎に「なんやろ、この人としゃべっていたら、いろんなこと悩んでるのあほらしくなってくる」と千代の心は軽くなる。

「お母ちゃん」と当郎に気さくに呼ばれ、あの栗子(宮澤エマ)まで巻き込まれて楽しげな雰囲気に。春子(毎田暖乃)もきゃっきゃっと喜んでいる。

因縁の継母・栗子と姪の春子との奇妙な共同生活と共に、当郎との再会が千代の新しい生活に希望の予感をもたらす。いやもう希望の確信しかない。視聴率も今週は、月曜、火曜と上向いている。

これは赦しの物語

遡ること1年前、千代が栗子に連れられて京都に来て、春子の面倒を見てほしいと頼まれたとき、自分の過酷な過去と照らし合わせて、奉公に出せばいいと思わず言ってしまった。それを襖の向こう側で聞いて泣いてしまう春子。
千代は自分がいかに酷いことを言ってしまったか反省する。

こんなふうに、人は被害者、加害者、どちらの側にも簡単に傾いてしまうのである。ちょっとした環境で、貧困から奉公に出される被害者になるし、自分もそういう目に合ったのだから他者もそうなればいいと思ってしまうこともあるのだ。その不幸の連鎖を止めるには、加害者を、あるいは起きてしまった出来事を赦すしかない。

春子から栗子が学校に行ってないので勉強を教えてもらえないかと言われた千代は、彼女も自分と同じ境遇だったのではないかと考えるに、ようやく至る。貧困によって学校にも行けず、誰かに頼るしかない身の上は確かに千代と違いはない。
朝ドラ『おちょやん』華丸大吉も拍手 当郎という狂言回しの登場で、千代が主役として輝ける環境が整う
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』華丸大吉も拍手 当郎という狂言回しの登場で、千代が主役として輝ける環境が整う
写真提供/NHK

栗子は、千代が出ていった後のことをぽつぽつと話す。千代がいなくなって、ますます酒と博打におぼれていくテルヲ(トータス松本)に、娘さくらの身の危機を感じて逃げたと言う。出会ったとき、テルヲに苦労させないと騙されて妻になった栗子。彼女もまたテルヲの被害者だった。テルヲの家に来たとき三味線以外何も持ってなかった栗子と比べて、千代は、『人形の家』の台本という知性と出会い、今もそれを持って来ている。

とはいえ、受けた苦しみは容易に忘れられるものではない。
気持ちを明るさで塗り替えていくしかない。そんなとき、当郎のようななんでも愉快な方向に切り替えていく存在は救いになる。一平(成田凌)が悲劇を悲劇として提示したうえで、そこに滲む人間の可笑しみを喜劇として描こうというシニカルな考え方とは違う、問題と違うところに楽しみを見出す視野の広さ。どちらがいい悪いではなく、生き方の違いがそこにある。

俄然のんきな雰囲気に

当郎が出てきたことで、彼を取り巻くNHK大阪の局員たちもなんだかのんきな雰囲気を醸し出す。プロデューサー酒井光一(曾我廼家八十吉)と演出助手の桜庭三郎(野村尚平)のコンビがいい感じである。

有名女優の箕輪悦子(天海祐希)に当郎の相手役をやってほしいので、千代を発見できなかったことにしようとする酒井に対して、真面目に捜索して発見してしまう桜庭。でもその手柄をしれっと横取りする酒井(第101回)。上司と部下あるあるである。

ふたりで千代が居候している栗子の家を訪ね、京都らしい犬矢来越しに張っているとき、通りすがりの女性ににこにこしている桜庭。続く「受付のミヨちゃんが」「ミヨちゃん?」という会話によって桜庭が女性に弱いことが滲む(第102回)

第103回では、どこに住んでいるか当郎と作家の長澤(生瀬勝久)に桜庭が話してしまい、まんまとふたりは千代を訪ねている。桜庭は余計なことをしていることに気づかない。
このおとぼけ感が空気を軽くする。

なぜこれまであまり描かれることなかった脇役のディテールが増えてきたのだろうか。花車当郎という素朴なキャラクターが狂言回しになって周囲も安心して遊べるようになったのである。すなわち、これまでなぜか主役なのに狂言回しという難しい役割を担っていた千代が主役として輝ける環境も整ったことになる。期待大。

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■杉咲花(天海千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮澤エマ(上田栗子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■塚地武雅(花車当郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■川添公二(富岡竜夫役)プロフィール・出演作品・ニュース
■トータス松本(竹井テルヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三戸なつめ(竹井サエ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■天海祐希(箕輪悦子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■生瀬勝久(長澤誠役)プロフィール・出演作品・ニュース

■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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