東京、名古屋、大阪の三大都市圏へ多数の高速バスが発着する東海・北陸地方ですが、北陸新幹線の開通により、その流れに変化が生じています。一方、太平洋側と日本海側を隔てる山間部は、外国人の高速バス利用が急増しています。
東海・北陸地方は本州中央部という立地から、首都圏や京阪神、あるいは東海の中心である名古屋と各都市のあいだで高速バス網が充実しています。しかし歴史を紐解くと、東名高速、北陸道、東海北陸道それぞれの沿線の特徴があり、高速バスが発展した時期が異なります。たとえば静岡県などは、首都圏と名古屋どちらにも片道3時間から4時間という高速バスにとって好立地にありながら、実は長いあいだ高速バスの発展が遅れていたのです。
名古屋駅前の高速バスターミナルに停まる東名ハイウェイバス。2019年で運行開始50周年を迎えた(画像:TPG Images/123RF)。
この地方で最初に開通した高速道路は、1969(昭和44)に全通した東名高速です。当時、運輸省(現・国土交通省)の方針により、国鉄バス(現・JRバス各社)と東名急行バスの2社に、東京と静岡県、愛知県を結ぶ高速バスの営業免許が与えられました。東名急行バスは、沿線で路線バスを運行する東急、小田急、静岡鉄道、遠州鉄道、名鉄等々が共同出資して設立された、高速バス専業の事業者です。同じ年、静岡鉄道(現・しずてつジャストライン)や遠州鉄道などが運行していた静岡県内の路線バス(静岡~浜松、静岡~沼津など)も東名高速経由となりました。
しかし、ある種の「お役所意識」があった国鉄バスや、多数のバス事業者の寄り合い世帯だった東名急行バスは上手に市場開拓ができませんでした。後者はわずか6年で廃業に追い込まれたほどです。静岡県内の路線も、JR発足後に鉄道の利便性が向上したこともあり、静岡~御前崎線(現在は静岡~相良線)を除いて、いったん廃止されます。
高速バスの発展が遅れていた静岡県の流れを変えたのは、2005(平成17)年、中部国際空港の開業です。かつて東名急行バスに出資して失敗した経緯から、高速バス事業に消極的だったしずてつジャストライン、遠州鉄道が同空港への空港連絡バスに参入し、これを機に両社がそれぞれの地元から横浜、東京(渋谷、新宿)、大阪などへ高速バスを続々と開設しました。地元の名士企業である路線バス事業者が自ら高速バスを運行すれば、地元での認知は一気に高まります。ほかの地方では1980年代後半に起こった高速バスの路線開設ブームと同じ現象が、静岡県では約20年遅れてやってきたのです。
新幹線開通で「明暗」分かれた北陸の高速バス北陸地方では1980(昭和55)年に富山、石川、福井の3県都が北陸道で結ばれ、1980年代後半に高速バスの路線開設ブームを迎えました。特にこれら地域と名古屋との結びつきは強く、金沢と福井から昼行路線が1時間間隔といった高頻度で運行され、その後、富山~名古屋線も開設されました。
首都圏への路線も、当時は鉄道だと乗り換えが必要なケースが多かったこともあり、片道8時間前後もかかる長距離の割には高速バスのニーズが大きく、一般的な夜行便に加え昼行便も設定されました。一方、京阪神と北陸は交流も極めて大きいものの、そのぶん北陸本線の特急「サンダーバード」が便利なこともあり、名古屋方面と比べると便数は多くありません。

金沢駅東口バスターミナル(画像:TPG Images/123RF)。
2015年に北陸新幹線が長野から金沢まで開業すると、高速バスは路線によって明暗が分かれました。マイナスの影響があったのは、新幹線で東京駅と直結した石川県、富山県と首都圏を結ぶ長距離路線です。両県から首都圏への出張客などは、朝早くから、また夜遅くまで都心で活動できるようになり、「時間を有効に活用したいから夜行高速バスで」という乗客は新幹線に流れました。
一方、プラスに転じた路線もあります。名古屋~富山線(名鉄バス/富山地方鉄道)は、東海北陸道の全通により2008(平成20)年に経路変更されて所要時間が短縮されていたうえに、新幹線の開業にともない、名古屋~富山間を直通していた北陸本線経由の特急が金沢発着となったこともあり、乗客数が大きく増えました。新幹線開業時は10往復でしたが、ダイヤ改正を繰り返し、2019年7月現在で14往復に増便されています。今後、新幹線の敦賀(福井県)延伸により、金沢、福井と名古屋、京阪神とのあいだでも直通の特急廃止が予測されることから、これらの区間で高速バスが乗客数を増やすことができるか、注目されます。
飛騨地方が外国人に人気 足を担う高速バス1990年代後半以降、高速バスが大きく発展したのが、太平洋側と日本海側を結ぶ東海北陸道の沿線、特に岐阜県の飛騨地方です。
東海北陸道は、1986(昭和61)年から順次開通し、2008(平成20)年に全通した、比較的新しい高速道路です。その間、1997(平成9)年には岐阜県高山市と長野県松本市を結ぶ安房峠道路も開通し、飛騨地方は首都圏との行き来も容易になり、中心都市である高山を拠点として翌年には東京、2000(平成12)年には名古屋、大阪へ高速バス網が築かれました。飛騨地方は鉄道が便利とは言えない地域ですので、高速バスは「地域の人の都市への足」としてシェアを確保しました。
さらに、前述の通り2008(平成20)年に東海北陸道が全通すると、名古屋~富山線が増便されたほか、加越能バスの高岡・氷見~名古屋線が開業するとともに、貸切バス事業者であったイルカ交通も小矢部・高岡~名古屋線に新規参入し、競合しながらともに増便を重ねています。
近年、この地域には大きな変化が起こっています。それは、FIT(Foreign Independent Tour)すなわち海外からの個人観光客の利用急増です。
国が唱導する広域観光ルート「昇龍道」(石川県の能登半島を頭に、空へ昇る龍に見立てた名称)のメインルートといえる、中部国際空港から名古屋、郡上八幡、高山、白川郷、金沢を結ぶコースは、日本らしさが残る古い街々を周遊できることからFITに大変人気です。また、東京から松本、高山を経て北陸へ向かうコースも、「三っ星日本アルプスライン」の名で京王などのバス事業者が積極的にアピールしています。その結節点に当たる高山のバスセンターや、2016年にオープンした白川郷バスターミナル(岐阜県白川村)は、多様な国々からの観光客であふれ、濃飛バスなどが運行する高山~白川郷線は30分から60分間隔と高頻度ながら、1便あたり5号車、6号車と続行便が設定されることもあります。

高山濃飛バスセンター。続行便も次々やってくる(2016年10月、成定竜一撮影)。
飛騨地方においては、高速バスや路線バスが観光客誘致の大きな役割を果たしていますが、外国人客に限らず個人観光客のさらなる増加を図るには、バスを乗り継いで周遊できる「観光回廊(コリドー)」の形成が欠かせません。このため近年、高山からは富士五湖(山梨県)や扇沢(立山黒部アルペンルートの長野県側玄関口)、妻籠・馬籠(長野県と岐阜県、ともに古い町並みが残る宿場町)など、離れた観光地を結ぶ路線が続々と開設されています。
国内観光客、訪日観光客いずれも、旅行会社のバスツアーでは飽き足らなくなっており、個人個人の興味関心に基づくオーダーメイドの旅行へのニーズが高まっています。温泉旅館や観光集客施設、観光地の集客戦略などを担うDMO(Destination Management Organization)といった、ツーリズム産業を構成する多くの関係者を巻きこみ、高速バスを活用した新しい旅行スタイルの定着が期待されています。
※一部修正しました(8月19日7時30分)