『赤ちゃん教育』(青土社)著者:野崎 歓Amazon |honto |その他の書店

◆生命力そのまま掬った名文
赤ん坊を育てるという行為には、何よりも自分がとうの昔に忘れてしまっている自分を想起する愉(たの)しみが付随する。特に子どもが幼稚園に入る前までのいろんな出来事って、親の自分が記憶していないことだし、かといってまったく忘れてしまっているわけでもない。
そういえば、自分にもこんなことが起こったかもしれない、と感じることがある。その契機が赤ん坊によってもたらされるのだ。だが、大抵の場合、そうした契機は瞬間的な出来事であり、すぐに過去のモノとなる。第一、子どもを育てるって忙しいのだ。

著者は、フランス文学の研究者にしてエッセイの名手、あるいはジャン・ルノワールや香港映画をめぐる書物まで持つ才人だが、突如、赤ん坊を授かる。うろたえながらも、息子の挙措やカタコトの日本語を逐一記憶し、文字として定着させようとする。「パパ、だめ!」の意味の「テテないくん!」をきっかけに、アルベール・カミュへと連結するあたりなど、あまりの巧緻さに唸るのだ。

それより何より、やはり赤ちゃんの生命力である。あのポジティヴな力をそのまま掬(すく)い取った名文を堪能されたい。

【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。
最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。

【初出メディア】
日本経済新聞 2005年7月21日

【書誌情報】
赤ちゃん教育著者:野崎 歓
出版社:青土社
装丁:単行本(160ページ)
発売日:2005-06-01
ISBN-10:4791761936
ISBN-13:978-4791761937
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