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映画『ボヘミアン・ラプソディ』が描かなかったリアルなクイーン 代表曲の難解な歌詞に隠された意味

金ローで『ボヘミアン・ラプソディ』地上波初放送

今夜の日本テレビ『金曜ロードショー』では、クイーンのメインボーカル、フレディ・マーキュリーの実話に基づく物語『ボヘミアン・ラプソディ』を地上波初放送する。2018年の公開時にエキレビ!に掲載した、ライター寺西ジャジューカ氏のレビューを再掲する(日付、時系列等は掲載時のまま)。


『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒット中だ。まさか、ここまで行くとは思わなかった。

私も、この映画は観た。『ボヘミアン・ラプソディ』は名作である。でも、真実ではない。そこに否定的な心情を持ってはいないが、もし『ボヘミアン・ラプソディ』の描くストーリーが事実だという認識で浸透したならば……。それはそれで否定はしないけれども、本稿ではクイーン(QUEEN)というバンドを全く別の角度から私なりの視点で再総括したいと思い立った次第。

クイーンがブレイクを果たすまで

クイーンがスタートしたのは1973年の夏。彼らは少し遅れてきた存在である。と言っても、今となっては全然遅くないのだが。70年代初頭にロックの有り様が変わるビッグウェーブが起き、その波が沈静化したタイミングでクイーンは現れた。

すでにレッド・ツェッペリンは5枚のアルバムを発表していた。異星人に変身して時代を変えたデヴィッド・ボウイもいた。イェスジェネシスは限界にまで達しようとしていた。ディープ・パープルザ・フーはとっくに超大物。アート・ロックのポジションにはロキシー・ミュージックがいた。イギリスの労働者を励ます“国民的”の座席にはエルトン・ジョンロッド・スチュワートが自薦他薦両者からのリクエストでデンと居座っていた。

クイーンは先駆者ではない。もう革新的な楽器は開発されなかったし、創造の手法も発明し尽くされていた。

では、70年代中頃はどういう時代だったか? 60年代末から活動していた大物バンドの解散や活動休止が目立ち出した時期なのだ。クイーンがヒットシングル「Killer Queen」をリリースしたのは74年である。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が描かなかったリアルなクイーン 代表曲の難解な歌詞に隠された意味
「Killer Queen」を収録するQUEENの3rdアルバム『SHHER HEART ATTACK』

70年に解散したビートルズ以来、ロックを自国の誇りとするイギリス……というかEMIは有望株を商業ベースに乗せたがっていた。「Killer Queen」によってクイーンはタイミングを捉えた。

同曲がイギリスでトップ5入りを果たした頃、フレディは発言している。
「僕らはアイデンティティを見つけた。今、僕らは誰にも負けない気がしているんだ。僕らはずっと、最もビッグで、最も優れたバンドを目指してきた。今そこに手が届くところまで来ているんだよ」

ロックが産業化した時期が60年代末〜70年代初頭だとすると、70年代中頃は過渡期だった。ビートルズは人生を3分間の曲で表現していたが、後に出てきたツェッペリンはドラムソロに30分を費やした。グレイトフル・デッドのライブなど夜通しである。

1stを“レッド・ツェッペリン風”、2ndを“イェス風”と喩えられたクイーンが3rdで選んだのは、改めてのコンパクト化だった(「Killer Queen」の尺は約3分)。それまでのバンドに必須だったブルーズっぽい土臭さも彼らには皆無だ。クイーンは70年代型ロックを総括し、洗練させ、締めくくった。

クイーンを発見したのは日本のリスナーである。その中心となったのは女の子。「ロックは汗臭さだけではない」というクイーンによる新境地が、ロックに市民権をもたらした。今とは比べ物にならないほど洋楽がパワーを持っていた当時の日本。時代は洋楽至上主義。中でも、クイーンはさらに先を行った。何しろ、当時のクイーンの日本のファンクラブを運営していたのは渡辺プロダクションである。「ロックに市民権」どころか、ロックを芸能の領域にまでズンズンと押し進めたのがクイーンだ。

「僕らは素晴らしく薄っぺらだ。僕らの歌はビックの剃刀みたいなものでね。大量消費と使い捨て用に作られているんだよ」
フレディの発言は皮肉に満ちており、クイーンの“音楽”の本質はあえて言い当てていないが、クイーンという“バンド”の本質は説明していると思う。

代表曲「Bohemian Rhapsody」の難解な歌詞に隠された意味とは

3rdまでを「初期」とカテゴライズすると、彼らのキャリアにおける華は4〜7thだ。何より、4th『オペラ座の夜』にとどめを刺す。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が描かなかったリアルなクイーン 代表曲の難解な歌詞に隠された意味
QUEENの最高傑作として名高い『オペラ座の夜』

泣く子も黙る名曲「Bohemian Rhapsody」を聴いて何も感じない人間がいるのだろうか? 約180回にまで及ぶオーヴァーダビングを駆使した音作り。多種多様な人間の趣味嗜好の壁をブチ破る極上の「普遍的」をこの曲は提示している。

しかし、曲とは反対に歌詞には不明瞭な部分が多い。<ママ、人を殺してしまった>と告白し、<まだ人生は始まったばかりなのに/時々、生まれてこなければ良かったのにとさえ思う>と諦めの感情を吐露する主人公。彼が殺めたのは一体誰なのか? 映画『ボヘミアン・ラプソディ』で字幕監修を務めた音楽評論家の増田勇一氏は以下の解釈を提示した。

「この曲で彼が殺したのは、外ならぬファルーク=バルサラ(=フレディの本名)なのだと僕は考えている。イギリス生まれの白人ではないという出自を隠し、類いまれな才能の持ち主であるにもかかわらずコンプレックスめいたものを抱えながら、セクシャリティの部分での苦悩も抱えていたファルーク。その彼が自分自身のそれまでを消し去り、フレディ・マーキュリーという新たな名のもとに生きていくことを決意したことによって、この楽曲と歌詞は生まれ得たのだと思う。彼がどうしてもこの曲をシングルにしたかった理由、この歌詞の背景について多くを語ろうとしなかった理由もそこにあるのではないだろうか」(「BURRN!」2019年1月号より)

クイーンと精神性は水と油

クイーンの音楽は、間口が広い。最大公約数のリスナーにアピールするような曲ばかりだ。マジョリティゆえに、産業化したロックの象徴と捉えられてしまったこともある。「クイーンを嫌う態度がロック」とする風潮さえあったほど。

少なくとも日本において、80年代のクイーンは冴えてなかった。84年に、まだアパルトヘイトが存在していた南アフリカのサン・シティで8日間にわたるコンサートを開催し、世界中から非難を浴びたクイーンであるが、ここで言いたいのはそんな大仰な問題についてではない。当時のクイーンが攻撃されたのは、スピリッツ(精神性)である。

彼らの精神性の希薄さを端的に表しているのは、1977年にリリースした6th『世界に捧ぐ』だ。このアルバムには、代表曲の一つ「We Are the Champions」が収録されている。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』が描かなかったリアルなクイーン 代表曲の難解な歌詞に隠された意味
「We Are the Champions」を収録するQUEENの6th『世界に捧ぐ』

空気、読めなさ過ぎではないだろうか? パンクが全盛を迎える時期のイギリスで、「友よ、俺たちは王者だ」と脳天気に歌い上げるフレディ。偽悪的に言うと、彼らは何も考えていない。ロックに夢見るリスナーの仮想的となるのは必然だったのかもしれない。
(ちなみに、『世界に捧ぐ』とセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!!』が同時期に同じウェセックス・スタジオでレコーディングされたことは有名。パンクの永遠の名盤が生まれようとしている隣で、あんな大右翼作が制作されていたというのも運命的である)

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