2026年5月9日、中国のポータルサイト・捜狐に「子どもの頃はアニメを見ると叱られたのに、今では母が妹と一緒に『鬼滅の刃』に夢中になっている」との日本のネットユーザーの投稿内容を紹介した記事が掲載された。

記事は、「私たちはよく『ステレオタイプ(固定観念)』という言葉を口にする。これは、ある物事に対して人々が画一的で固定化されたイメージを持ち、その特徴が全体に当てはまると思い込み、個々の違いを無視してしまうことを指す。例えば一部の人々、特に年配世代の中には、アニメやゲームは勉強の妨げになる存在であり、成績を上げるにはACG(アニメ・コミック・ゲーム)を完全に断つべきだと考える人も少なくなかった。しかし、時代の発展とともに、人々の価値観も変化している」と述べた。

その上で、「現在では、ACGも映画やドラマ、小説と同じく単なる娯楽媒体に過ぎないと理解する人が増えている。もちろん依存するほど没頭するのは良くないが、まったく触れずに生きるのも現実的ではない。近年『ネット依存する高齢者』に関する話題を耳にした人も多いだろう。かつて私たちにゲームやスマホを禁止していた親世代が、今では短編動画やAIドラマに夢中になっている。個人的には、年齢に関係なく自制心と節度は必要だと思う。そして本記事ではタイトルにもある通り、『少し気の毒な人物』の体験談を紹介したい」とした。

記事は、「日本のネットユーザー・速水アクセル氏は、X(旧ツイッター)で『うちの母はドラゴンボールやワンピースなんてのは教育に悪いから見ちゃいけませんって俺に教育してて、実際俺はそういうのとは無縁の人間に育った』とつづった。ところが何年もたった今、高校生になった妹が『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』を見ている時、母は反対するどころか、一緒に見て楽しんでいるそうだ」と紹介した。

そして、「彼はその光景を見て複雑な感情になったと語っている。今でも『親の前でアニメを見るのは恥ずかしいこと』という感覚が抜けないというのだ。一方、妹は何の遠慮もなくアニメ作品を楽しんでいるため、恵まれていると感じたそうだ。つまり、投稿者が子どもだった時代は、ちょうど親世代がアニメに否定的だった時代であり、確かに運が悪かったといえる。そして時を経て、なぜか親の価値観は変化し、今度は妹の世代がその恩恵を受けたのだ」と説明した。

また、「投稿者とネットユーザーのやり取りの中では、さらに別の情報も明かされている。彼は家族の中で次男にあたり、親の言うことをとてもよく聞くタイプだったが、長男の兄は半分聞くくらいの自由人だったという。現在は実家を出て一人暮らしをしているが、両親を嫌っているわけではなく、むしろ母との関係も良好らしい。ただ『ようやく考えを改めてくれた』と感慨深く感じているだけのようだ」とした。

その上で、「この話を聞いて筆者は、多子家庭では次男・次女ほど『聞き分けが良い』子になりやすいという説を思い出した。ただし、聞き分けが良いことは、資源の中で親の関心や承認を得るための行動に過ぎず、必ずしも幸せを意味するわけではない。速水氏の投稿を見た多くのネットユーザーは、多子家庭では教育方針に差が出るのは自然なことであり、親も時代の変化とともに固定観念を変えていったのだろうと考えている」と論じた。

さらに、「興味深いことに、この投稿のコメント欄では、『ドラえもんはよくてクレヨンしんちゃんはダメ』との投票まで盛り上がっていた。69%の人は『どっちもOKだった』と回答した一方で、27%は、『ドラえもんはよくてクレヨンしんちゃんはダメ』だったと答えている。実際、初期の『クレヨンしんちゃん』は本来子ども向けではなく、大人向けの青年漫画として始まった作品だった。作中には子どもに不向きなネタも多く、長年の調整を経て、徐々に全年齢向け作品へと変化していったのだ」と述べた。

そして、「筆者としては、親も子どもも互いを理解しようとすることが大切だと思う。対立しても誰の得にもならない。私たちの世代の多くは、漫画本を隠したり、親のいない隙にこっそりテレビをつけたりした経験があるだろう。そして『そんなものを見ても役に立たない』と小言を言われた記憶もあるはずだ。しかし今では、かつて厳しく禁止していた親たちが、子どもと一緒にアニメを視聴し、ストーリーについて語り合っている。以前は危険視されていたアニメも、今や家族みんなで楽しむ日常的娯楽へと変わった」とした。

記事は、「こうした変化は、どちらか一方が妥協した結果ではなく、時代の流れによる必然だ。そして理解とは、常に少しずつ積み重ねられていくものなのだ。本当に良い親子関係とは、全員に同じ基準を押し付けることではない。互いの立場に立ち、それぞれの好きなものや楽しさを理解しようとすることこそが大切なのだ」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)

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