建国は遠くなりにけり…中国解放時「最後の大将」呂正操氏が死去

 中国新聞社によると、中国人民解放軍の元上将(大将)、呂正操氏が13日午後2時45分、北京市内で亡くなった。104歳だった。呂氏の死で、1949年10月1日の中華人民共和国成立時に在職した人民解放軍大将は、すべて故人になった。

 呂氏は1905年、遼寧省の生まれ。東北軍閥の張学良の腹心として秘書を務めた。張学良は父親の張作霖が日本軍に爆殺されたことがきっかけで、それまでの抗争相手だった蒋介石が率いる国民党に合流(1928年)。しかし1931年の満州事変で、故郷の東北地方を追われた。36年には西安で蒋介石を軟禁し、共産党との協力を迫り、実現させた(第二次国共合作)。

 呂氏は1937年に中国共産党入党。同年の盧溝橋事件発生後は率いる部隊とともに国民党を離れ、人民自衛軍として日本軍を相手にゲリラ戦を展開。河北省を中心に大きな戦果をあげたとして知られる。

 1945年には中国共産党東北局委員に就任。共産党と国民党が中国の支配を争った解放戦争期には、東北軍区副司令官などを務めた。中華人民共和国が成立した1949年10月から1965年1月までは中央政府の鉄道部副部長、65年1月からは鉄道部長を務めた。文化大革命中は迫害され、1967年7月から74年7月までの7年間、投獄された。夫人の劉沙氏も身柄を拘束された。

 75年には政界に復帰し、鉄道兵政治委員や中央軍事委員会委員などを務めた。正式の名誉回復は1980年。...続きを読む

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